「生かすも殺すもさじ加減」と、昔から揶揄されるくらい、病気の治療といえば医師が薬を出すことと考えられ、現在も一般に受け入れられています。
「殺すも」とは穏やかでありませんが、昔から医師が処方した薬の中には、よく効いた薬もあれば、効かなかったりかえって具合が悪くなった薬もあったのでしょう。
「生かすも殺すもさじ加減」といわれた時代と比べますと、現在の薬物療法は比べものにならないくらい発達しました。抗生物質、結核の薬の恩恵は計り知れず、最近は胃や十二指腸の潰瘍も薬物治療が主で手術は激減しています。抗がん剤も驚くほど効く薬がでてきました。
生活習慣病に対する薬も進歩していますが、患者さん自身の「さじ加減」も大事という点について述べます。
生活習慣病とは、遺伝を背景として食生活や運動不足が引き金となって発症する高血圧、高脂血症、2型糖尿病、高尿酸血症などを指します。引き金とされる食生活には、塩分、コレステロールを多く含む食品、脂肪分や糖質や総カロリー、アルコールなどが含まれます。これらの生活習慣病を治療する基本は、引き金となった食生活や運動不足を解消することですが、生活習慣を理想的な状態にするのは大変困難です。そこで、生活習慣病に対しても治療薬が開発され著しく進歩してきました。
例えば、高血圧に対しては、血管を広げて血圧を下げる薬、心臓の動きを抑えて血圧を下げる薬、腎臓からでる昇圧物質を少なくして血圧を下げる薬など、作用の異なる多くの薬があります。いずれも大変良く効くようになってきましたので、以前ほど塩分制限が強く求められなくなっています。また、高コレステロール血症の薬も著しく進歩し、良く効いて副作用も少ない新しい薬の中には、一つの薬が世界中で一兆円近く用いられているほどです。そのため、以前のように「味噌汁や梅干や卵の黄身は、もう一生食べてはいけませんよ」と指導することはなくなってきました。その結果、よいさじ加減で薬を服用すれば、食生活を比較的普通にしても、血圧やコレステロールを良好に保って長生きできるようになったのですが、コスト増大が問題となっています。
糖尿病に対する薬物療法は、1922年にインスリンが実用化し1950年代から内服薬が出現しています。ここ十年、それぞれ急速に種類が増え、使い方も進歩しています。しかし、高血圧や高コレステロール血症治療で、薬物療法(医師のさじ加減)が食事療法や運動療法(患者さんのさじ加減)を上回ったようにはなっていません。その理由の一つは、1回の食事が影響する度合いの違いです。たとえば、味噌汁を飲んだり梅干を食べたり卵を食べたからといって、血圧や血中コレステロールの値がすぐに倍になったりはしません。しかし、糖尿病の人が多く食べたりジュースなどを飲めば、血糖値は直ちに著しく上がり、倍になることもあります。
つまり、同じ生活習慣病といっても、高血圧と高コレステロール血症は医師のさじ加減で、かなりよい結果が得られるようになりましたが、糖尿病は医師のさじ加減より糖尿病の患者さん自身のさじ加減(食事療法・運動療法)の方が大事ということです。
糖尿病での食事療法が、血圧の塩分制限や高コレステロール血症のコレステロール食品よりいかに重要かおわかりいただけたと思います。一方、糖尿病のさじ加減である食事療法は、さじ加減の対象となる食品が多いだけに難しいことも事実です。しかし、日ごろの食事を落ち着いて振り返ってみますと、各家庭でのメニューも外食も 作り手や食べ手の慣れや好みから、それほどバリエーションがないのが普通です。調理者と食べる方が一緒になって、日ごろの食生活や運動生活を見直して、自身のさじ加減(食事療法・運動療法)を決めるようチャレンジしてみてください。また、食生活を豊かにしながら血糖値を上げない工夫という点では、甘さはあってもカロリーが無い甘味料を上手に使ってください。
生活習慣病へのアプローチの違いを、さじ加減の点からよく理解して、発想を転換してチャレンジしてください。糖尿病では、ご自身のさじ加減が決まってきますと、医師のさじ加減もよく効くようになります。